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ブサカル小町へようこそ (ミソジニー、ミソジニーって、みそみそみそみそと、お前ら名古屋人か! Remix) [ヘボ論]

 影響受けるとか受けないとか、の、話、で。

 まあ、こんな話題が、ツイッター方面にてあったのですが、ね。


「女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響」への反応
http://togetter.com/li/458173

*----[※2013/01/19追記。まとめ記事が削除された様子]----*
 なので以下、類似のまとめいくつか

「女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響」について本人のツイート
http://togetter.com/li/458418

女の子が急にマニアックなこと言い出したら
http://togetter.com/li/458222

町山智浩「女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響。 」→炎上→平謝り
http://togetter.com/li/458540

町山智浩さん「女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響。」に対する反応
http://togetter.com/li/458575

*--------[追記おわり]-----------*

>女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響。
> RT @boooodoooo: これは男がいるね
> RT @toyoki123: 今日のガチガセで1番テンションが上がったのは、きたりえが映画秘宝のガチ読者だったこと。 http://t.co/fkiUpieO

 という、映画とエロスの伝道師、コラムニストにして映画評論家の町山智浩さんのツイートを発端にしたアレやコレや。
 
 詳細はまとめ先を見ていただくとして、まあ、この件に関してぶつくさといわせていただくわけですが、ね。

 まず、町山さんのツイートに、「女のマニアックな趣味が、男の影響だなんて決め付けるな!」 というリアクションがあったりするわけですが、それはもう、「いや、別に決め付けてませんけど」 ということでしかないのですよね。
 ご本人が後に述べているとおりに、ただ「もともと何の素養も下地も無く、そんな傾向なんかちっともなかったよーな女の人が、突然マニアックな趣味にハマっていると発言し始めるときは、男の影響パターンって、ありがちだよね」 の、「あるあるトーク」でしかない。
 俺みたいなオサレボンクラが急にオサレし始めたら、女の影響だろーってなのと同じくらいの、あるあるトーク。

 流れの中でも、「女が自発的にマニアックな趣味にハマることは無い」というような流れには全然なっていないし、勿論、「女には所詮マニアックな趣味は分からない」なンて話もしていない。
 まとめのコメントでもそういう意見は少数で、そーゆー「決め付け」の話はしていない。
 僕の半径での知り合いでも、「落合信彦の本が好きで世界中の秘密組織を調べるのが趣味」の女性や、「猟奇殺人などのノンフィクションやルポルタージュを読むのが好き」な人など、さまざまな「マニアック」な人は居る。
 そーゆー人のことは、この流れでははなから話題にされていないのだ。


 全く元の文章文意を読み取りもしないで、曲解して怒ってれば、周りから呆れられるのには、男も女も関係ない話です。
 それを、「オンナだからこんな風に言われる」 みたいにまた持っていくと、今度は「だからオンナは(ドヤ」とか言い出すバカに目をつけられる。
 バカに男女の区別なし! バカは等しくバカである!
「元の文章文意を全く読み取らずに、勝手な解釈をして、勝手な正義感で、勝手に怒る人」 ってのは、男女問わず腐るほど居ます。
 僕程度であっても、そこらでわんわんその手の人には絡まれます。
 勿論、自分自身もそういうことをしでかすことはたびたびありますので、あんまりバカバカいえたもんでもありませんが、ええ。
 
 

まあ話し戻れば [>>[続きを読む]


中二病の件から、『痴豚vsシマウマの牛肉騒動』 を久しぶりに読み返した [ヘボ論]

「『中二病でも恋がしたい』 に関して、おゼゼは一切頂いておりませんからね!」
 という、『中二病』発案者伊集院光のトークに端を発して、久しぶりに『痴豚vsシマウマの牛肉騒動』 の件をネットで読み返したりした。
 
 
 痴豚vsシマウマの件というのは、発端としてはラッパーのZEEBRAが、ツイッターでアホの子から、「中二病オヤジ」と野次られたことから、「中二病って、伊集院が言い出したらしいな! 余計な事しやがって!」 と disった、ということ、からの、の話。

「正直めんどくせぇ!」伊集院光VS Zeebra『ディスり騒動』の顛末
http://npn.co.jp/article/detail/25073158/
 
 記事でも大雑把フランク・ザッパに触れられているのだけど、このツイートを知った伊集院が(珍しく)「ちゃんと伝えよう」 と考えて、dmにて事の詳細を直接教えようとする、も…、なんともニンともな感じに。

伊集院光が語る「ZEEBRAとのTwitter上での確執」
http://numbers2007.blog123.fc2.com/blog-entry-1834.html
 
 
 んで。
 僕としては、ぶっちゃけ伊集院側の感覚が強いのです。

 これはつまり、

『人間は基本的に分かり合える』 というう人間観、世界観の人間と、
『人間は基本的に分かり合えない』 という人間観、世界観の人間が、
『結局分かり合えなかった』 という話だと思うのですよ。


 んで、これは別に、どっちが正しい/正しくない、とかでなく、また、『伊集院はこういう人間で、シマウマさんはこういう人間だ(だから良い、/悪い)』 とかっていう話でもなく。
 タイプとして二分するなら、僕は、ゼブラではなくピッグ、もしくはポーク側のスタンスだな、という事。

 日本のムラ社会的な、「人間は理解し合える(主に皮膚感覚的に」という人間観の人は、いわゆるDQN的「殴り合ってダチ」な価値観でもある。
 あるいは、きちんと向き合って語り合うとかより、祭りで酒飲んで神輿担いでワッショイ、ワッショイと、『一体感』を共有すれば、それで 『解り合えた』、『仲間だ』 なんて思えたりもする。

 なので、シマウマvs..痴豚問題でもわかるように、「人間は基本分かり合えない」という人よりも、言葉に関して無神経になる。
 わかってもらうための努力を、「正直面倒くせぇ!」 と、簡単に放棄してしまう。
 
 「人間は基本、分かり合えない」という前提は、もちろん安易なニヒリズムとして言えば、「だからわかり合おうなんて無駄だ」 という敗北主義にも陥るけれども、「だから、相手を分かろう、自分を分ってもらおうという『努力』をきちんとするべき」ということにも繋がる。
 しかし逆に、「人間は基本分かり合える(主に皮膚感覚で)」という人は、「分かってもらえないからこそする努力」をする必要を感じていないということにもなる。
 だって、「分かり合えるのが当たり前」なんだもの。  
 
 そして、「人間は基本分かり合える(主に皮膚感覚で)」という前提だからこそ、「自分の言うことを『分からない』 奴は、『おかしい』」 という結論に安易に飛びつき易い。
 だって、「分かり合うのが当たり前」なのだから、その「当たり前」ができない奴は、欠陥があるということだもの。
 まさにこれが、『日本的ムラ社会の、異端排除理論』 の根幹をなすもの。

 痴豚さんは、「基本として人間は分かり合えないし、『自分は特にそうだ』」 という人間観、自意識。
 (んで、そこに僕は基本的に共感をしている)
 だから、「どうすれば自分の言いたいことをわかってもらえるだろうか?」 ということを常に考えている。
 だからこその話術だし、だからこそ言葉に対して真摯。
 シマウマさんは逆。
 
 シマウマ側の人は、「やっぱ人間、分かり合えるモンでしょ?」 という人間観。
 だから、「どうすれば自分の言いたいことをわかってもらえるか?」 よりも、「俺はいつでも言いたいことを言うZE!」 になる。
 無神経に言いたいことを言っても、「まともな人間ならわかってくれる」し、「わからない奴はおかしい」となる。
 
 
 なので、ピッグとゼブラは、やはり、『分かり合えない』 のです。
 
 
 と。
 そんな事を、読み返して、思ったりした、次第。
 
 

入れ墨騒動 feat.『海外は海外。日本は日本(ドヤ』と、申したか。 [ヘボ論]

 ところで僕は昔っから、「真夏にスーツとネクタイとか、気が狂ってるンじゃネーノ」と主張しています。
 
 スーツもネクタイも、どちらも基本的に、日本より寒い西欧諸国での「防寒着」です。
 寒気が入るのを防ぐために、身体にぴったりとした仕立てのスーツと、クビ元を締めるタイをしていた。
 その防寒着を、亜熱帯地方に近い日本で、気温も湿度も高い夏場に、「社会人の嗜み(ドヤ」 とか言って、クーラーガンガンかけながら汗だくで着ている。
 挙げ句、去年や今年の夏になったら、「原発停止状態では電力不足が懸念され」 とか大真面目な顔で宣っていたりする。
 まずそのクソ暑い防寒スタイルをヤメレ! ばかめ!

 これを、「バカ」と言わずに、何を「バカ」と言うのであろうか!?

 と、僕は常々思っているわけです。

 さて、その「スーツにネクタイは社会人の嗜み」なんて事抜かす輩が、です。


*-[記事引用]-------------------------*
職員の入れ墨「即ダメではない」と仙台市長
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120517-OYT1T00011.htm

> 仙台市の奥山恵美子市長は16日、定例の記者会見で職員の入れ墨を認めるか
>どうかについて、「即ダメと言うことではないと思う」と語り、入れ墨をしている
>職員の分限免職を検討する大阪市の橋下徹市長とは一線を画す姿勢を示した。

> 大阪市では、環境局の職員約50人が入れ墨をしていることが判明し、
>橋下市長は教職員を除く全職員を対象に調査したところ、110人が「入れ墨を
>している」と回答した。

> にわかに注目を集める公務員の入れ墨問題に関し、奥山市長は「昔からの入れ墨
の形式から、シールで一定の期間だけ文様を付けるものもある。海外では入れ墨的な
>ものを楽しんでいるので、文化の問題として考える必要がある」と述べ、職員への
調査を行う考えはないとした。

>(2012年5月17日09時12分 読売新聞)

*-[引用終了]-------------------------*



 この手の話題になると、突然、「日本には日本の文化がある(ドヤ」「海外は海外。日本は日本(ドヤ」等と言い出したりする。

 ジーパンにTシャツ着て、ピザとポテトチップむさぼり食って、ビール飲んで、windowsマシンでエロゲーやって、「海外は関係ない。日本には日本の文化が(ドヤ」。
 今挙げた中で日本の文化といえるのは、せいぜいエロゲーくらいじゃないか?
 結局のとこ単に、自分が好きか嫌いか、使うか使わないかだけの話じゃないのか?
 自分が好きなモノ、使うモノは「海外から取り入れOK」。嫌いなモノ、使わないモノに対しては「日本は日本、海外なんか関係ない」。

 しかし前回の記事でも書いたとおり、「日本の文化は元々、世界に冠たる彫り物先進国だった」 のだ。

 「海外の事なんか関係ない、日本は日本だ(ドヤ」 と言う人は、自分の語る「日本の文化」ってのが、どんだけ「海外の影響で形成されているか」ってのは全く考慮しない。
 海外は関係ないと頑なに言うのなら、洋服一枚着れやしないっつうの。
 漢字はどこ産? 中国産だ。 パソコンは日本発祥の日本文化か? 海外産海外文化なしに、今の我々の生活なんかイッコも成り立っていない。
 良かれ悪しかれ、好もう好まざると、「海外の文化なんか関係ない、一切考慮する必要なし」なんて、どの面下げても言える訳がない。
 
 そして、前述の「真夏にスーツにネクタイ」という「日本の風土に明らかにそぐわない文化」まで、明治政府が率先して取り入れ定着させてしまった。
「日本の野蛮で劣った文化風俗をどんどん捨てて、西欧の優れた文化を取り入れないと、世界でバカにされるぞ!」 という強迫観念の元に。

 この手の話題で、「日本は日本、海外は海外!」 とか言っている人たちの語る「日本」は、そーやって、江戸以前の日本の文化風俗を「野蛮で劣っている」と見なして、「頑張って日本らしさを捨てて、西欧らしくなろう」 とした果ての果てに成り立っている。
 その事実に何の矛盾も感じないで、「日本は日本(ドヤ」 って、俄似非国粋主義ぶっているっていうのは、どーかね?


 前回も含めて、僕がこのタトゥー騒動に関してのネット界隈等々のモノイイに対して言っているのは、「タトゥーは是か非か」の話じゃなく、「それを語る土台にすらたどり着いていない人たちの多さ」について、だ。
 それが、前回では、「『みんながダメって言っているから、ダメに決まっている』程度の、ただの長芋のにマカレナでしかない事をドヤ顔で述べる有様が、『原発安全神話』を無条件に信じていた頃と全く変わっていない」ということ。
 そして今回は、「『日本は日本、海外のタトゥー事情なんか関係ない』 と言うけれど、単に『自分の好き嫌い』『自分が既に馴染んでいるか否か』でしか話していない」 という点。

 どちらも、是非を論じる土俵にすら登れていない。


 さて。
 僕が何故、この話題についてエントリーを書いているのか。
 しかも、二回も。

 僕は表現規制に反対する立場だ。
 そして、オタクだ。
 だから、「自分にとって大切な何かが、他人にとってゴミクズ以下の無価値なモノでしかない事」を知っている。
 そして同様に、「僕にとってどうでも良い無価値なものが、ある誰かにとって大切な宝物であるかもしれない事」 も、知っている。

 僕にとって、タトゥーというものそれ自体は、無価値なものでしかない。
 別にしたいとも思わないし、親類縁者にお勧めする気もない。
 甥っ子や姪っ子が突然度派手なタトゥーを入れると言い出したら、取りあえずは「よし、まず、ちょっと待て」と言うだろう。
 一通りには物を言う。良かれ悪しかれ、リスクがあるという話もする。
 けど。
 それが、彼(彼女)にとって大切なのだと言うのであれば、それ以上口出しする事じゃあない。

 僕が最も嫌うのは、「自分にとって気に入らないモノ、自分にとって無価値なモノは、全て多数派の力でもって"ダメなもの箱"に押し込んで、蹴り飛ばして排除して構わない」 という社会であり、その上で良識だ常識だのにあぐらを掻き、多数派ぶってふんぞり返っている輩だ。
 そうして居直っていられれば、物事の背景や構造なんか、何も考えなくてかまやしない、という輩だ。

 そんな訳で、僕ぁそーゆーバカヤロウ共に、微力ながら「KICKK ASS ケツケットバース!」 為に、このファッキンテキストを書いているので、あーる。
 ピザとポテチを喰いながらな!
 


ギャングキング 1巻 (ヤングキングコミックス)

ギャングキング 1巻 (ヤングキングコミックス)

  • 作者: 柳内 大樹
  • 出版社/メーカー: 少年画報社
  • 発売日: 2004/02/12
  • メディア: コミック



 和彫りのジミーくん。

入れ墨騒動 feat.『3.11以降日本人は目覚めたのだ』と申される、が。 [ヘボ論]

 さて。
 僕らの大好きハーシモートー(ミーツハーシー、の発音で)さんやら、テレビでとある女性タレントが話題にしたりとかで、そこそこ話題の、「入れ墨騒動」。

 僕は恐らくこの件に関しては他の人と違う観点でモノを言っていて、また今回も違うことを言うのだけど、何か前にもこの件について触れたよーな気がするのですが、ちらっと一覧でタイトル観ても、いつぞやのロシア人2人組の名前が挙がっていないので、どうやら書いていなかったらしい。


 で。

 まず、入れ墨の「そもそも論」は、「呪術」なのですよ。
 罪人の証とされるのはその後。しかもそれは「世界各国で」ではない。
 本邦においてを言うならば、中国から入ってきた儒教的な刑罰としての入れ墨観。

 現にマオリ族なんかでは「入れ墨=罪人の証」とされていないので、今でも文化的伝統として入れ墨をしている。

 西欧での「現代」のタトゥー文化は、それら非キリスト教的伝統を敢えて取り入れるという、いわばアンチキリスト的な思想が源流にある、とも言える。
 これは基本的に非キリスト教文化圏である日本人にはなかなか分かりにくい感覚だろう。
(いきなり、ブラックメタルの由来とは北欧における文化復興としてのアンチキリストなのである、なんて話をされても良く分からんしねー)
 勿論アンチキリスト教的価値観というのはやはり、その文化圏におけるメーンカルチャーに対する反発があるので、結果としてギャングコミュニティに集約されやすい。
 マオリ族自体も貧困や差別などの背景から、結局ギャングコミュニティに飲み込まれていったりしている歴史的背景もあるので、この辺りは実に複雑でヤヤコシイ。

 ま、そういう「呪術としての入れ墨」という観点からすれば、某芸能人の方が、「自分の気持ちを整理するためにタトゥーを入れた」というのは、ある種まっとーもまっとーであり、王道も王道。
 正に、原初的呪術としての入れ墨として、正当なのだ。
 "タトゥー"だから軽々しい、んじゃなくて、日本の現代のそれを言うのであれば、そういう現代の西欧におけるタトゥーの文化的背景を考えずにただ形から真似ている、というのであれば、その思考が軽々しい、とは言えるだろうけどもね。

 
 

そして、「本邦において」を論ずるなら、「入れ墨」と「彫り物」が、全く別のものとして文化的発展を遂げていた事には触れないとおかしいのだ。[>>続きを読む]


Dr.マンハッタンと魔法少女(田中建mix) [ヘボ論]

 江戸川区議、田中けん氏が自ブログで、『魔法少女まどか☆マギカ』 に関して面白い見立てをしていたのがちょいと話題になっていた。


>政治家は既に一般人ではない。一般人とは違うと思うからこそ、
>一般人は、無理難題を政治家にいう。それを政治家は実現しようとする。
>でも、それができるような政治家とは、実は、一番一般人から遠い
>人物でなければ、そんなことできない。
>そして、政治家が一般人から一番遠い存在になったとき、
>政治家は決まって悪いことを行うようになる。


 魔法少女、という、一般人を越えた特殊な能力を手に入れた者が何と向き合い、何を求められるかという事を、政治家という者に置き換えて語っている。

 これは、『ウォッチメン』おけるDr.マンハッタンなどにも通じる、「英雄待望論の愚かさ」でもあるよね。

[>>>続きを読む


「ドラえもん、仮面ライダーだって、今や子供を左翼洗脳で堕落させる道具」 と、申したか? [ヘボ論]

 と条例関連、児ポ法関連、まあついでに、『ザ・コーヴ上映妨害脅迫騒動』 等に関係して、いろいろつらつら見回っていると、「自称愛国者」の人たちの……まあ、想定しているとおりでありつつも…ときとして想定の範囲を超える…アレっぷりに、ある意味凄く哀しくなるものであります。

 別に僕は、愛国心そのものをdisる気はありません。
 ただし、「ただの差別主義、排外主義を、愛国心という言葉に置き換えて、ただ誰かを憎み罵る口実にする人たち」をdisのはやぶさかではありません。
 

 今回はその、アレっぷりがどれっぷりかという事について、その1の話。

ドラえもん、仮面ライダーだって、今や子供を左翼洗脳で堕落させる道具

>ウチでは基本的に仮面ライダーやプリキュア、ドラえもん、くれよんシンちゃんのようなTV朝日系の子供向け番組は一切見せない。
>今の仮面ライダーでは、なんと日の丸が悪役のシンボルにされている。
>こんなのを幼児期に見続けたら、将来の日の丸イメージ、いったいどうなる!?
>日の丸を見る度、仮面ライダーの悪役とイメージが重なることになるぞ

>朝日やTBSの腐った左翼マスコミは、新しいキャラを出すなら、仮面ライダーやウルトラマンのようなブランドを利用せず、全く新しいものとして独自にやりやがれ!
>要は、TV局のみならず、制作に当たって原作者を守るべき立場であるはずの石森プロや円谷プロまでが腐りきっているということだ。
>如何に今の日本で制作に携わっている連中が、作品意識に無知でモラルがないか、そしてどれだけ偏向的なイデオロギーで子供向け番組を作り続けていることか・・・・・

 上記サイトの記事、コメントをまずご覧になってからの、僕がそこにコメントして消された反論を、以下。

>>>[続きを読む]


「俺は苦労人のたたき上げなんだよ」目線からの、映画『ブラック会社…』 [ヘボ論]

会社を定時に帰るのは都市伝説!?驚愕の月給9,000円のブラック会社も好きな仕事は我慢? - シネマトゥデイ



 映画化のニュースが流れたときからなんとなく予感というか予想していたけれども、ここの記事のやりとりを見るに、「俺は苦労人のたたき上げなんだよ、おまえら世の中甘く見てんじゃねえぞ」 な監督の意識が感じられる。
 そういう話に落とすべきテーマじゃねえと思うんだがなあ。


 もともとのスレの事とかは別にさほど関心もないので良いんだけど、こういう、所謂一般企業、一般職でない職種の人間の、「俺も昔は苦労したんだよ」 話ほど、世の中的にカケラの意義も価値もないものはない、と、基本的に思う。

「いや、お前の話はどうでも良いし、お前が苦労の末、結果今成功しているかどうかもどうでも良い。
 そんな自慢話は飲み屋で好きなだけやってもらって構わないが、個人の苦労がドーノとかホント、興味もないし関係ないから。
 社会構造として、我々がどういう社会を目指すべきか、そのためにどうすべきかという事の話と、個人が個人として生きる上では苦労して努力することが必要かどうかってのは、まったく別の話だし、対立させる事ですら無い。
 どんな社会構造になろうと、個人が個人として努力して苦労して生きていくなんてのは、当たり前の話なんだから」

 社会問題として扱うべきテーマを、結局単なる個人の苦労話感動話程度のものとしてしか落とし込めないのだとしたら、それは技術とか作劇論とか以前の、なんというか作家性、或いはもっと踏み込んで言えば、人間性の問題のよーな気がする。
 
 

『キサラギ』 ネタバレ話を含む続きを読む


今! ライトノベル業界がヤバイ! アツイ! 間違いない! [ヘボ論]

 さて、リンク先記事からの引用の引用なのですが、あかほりさとる著、『オタク成金』曰く、

>「前にも話したけど、もともと“ライト”=“誰でも読める”って意味だったんだよ。クラスに40人いたら、本を読む人間は5人しかいなくて、残りの35人でも読めるものを作ろうっていうのが始まりだった。そのために意図して行間あけてスカスカにしてたのに、それをまたギッチリにしちゃってさ。だから、また40人中5人しか読まない小説になってしまった。これじゃ売れないよな、ライトノベル。先細りだよ。  ただ、それを熱狂的に支持する人もいるわけだ。それがいわゆるオタクだな」


オタク成金 (アフタヌーン新書 5)

オタク成金 (アフタヌーン新書 5)

  • 作者: あかほり さとる
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/05
  • メディア: 新書



 なのだそうで、まー要するに、

 「ばかでもちょんでも読めるからライトノベルなのに、気取った連中がアイデアも行間も詰め込んだギチギチなもんばっか書きやがってさ。ンなんじゃ売れねーつつーの! ボケが!
 おめーら俺がやってた事、全然分かってねーんだよ! ったく、何様気取ってやがんだかな!
 売れてた俺の言うことが絶対的に正しいィィィ!!」

 ちゅう事らしいンですわな。

続きを読む


結局、数には勝てないのだなぁ みとぅを [ヘボ論]

 フリー編集者、多摩坂氏のインタビュー記事
「マンガ編集はこんなに面白くて、やりがいがある」-現役編集者ブログ・ラノ漫
http://interviewwith.blog44.fc2.com/blog-entry-45.html

 この人に関する事前情報は全くなかったのですが、記事自体は興味深く面白いものです。
 皆さんもごらんになることをお勧めした上で、僕のいつものアレ。


 僕はこの人の言うことが間違っているとは全く思わないし、この人の立場としての筋が通っているとも思います。
 メディアミックスの編集者は映画監督に近い、という視点も興味深いですし (僕はけれども、どちらかというとプロデューサーの方が近いとも思いますが)、漫画業界にあるメディアミックス軽視の風潮に対しての提言も成る程と思わせます。

 ただ、好きか嫌いかで言えば、嫌いです。
 この感覚は多分、伊集院光がエンタの神様の五味プロデューサーに対して抱く感情に似ていると思います。
 つまり、多摩坂氏の考える正しさ、筋というのは、僕のような人間を抹殺し根絶することを前提に成り立っているからで、えぇ、ございやす。

[続きを読む]


性差の話EX [ヘボ論]

 僕はけっこう良く、性差の話をします。
 女の人はこういうところがある、それに対して男はこういう面がある、みたいな話です。
 なんでそんな話をよくするかというと、面白いからです。
 たとえば、ね。
*--------------------------*
 漫画とか物語の解釈がワカリヤスイんだけど、やっぱ女の人はキャラクターの人間関係とかの読み方が、一般的な男の読者とは違うんだよね。
 男は、もう何かっつうとランキングだとか最強決定戦とか始めるし。まー、頭はいつまでもどっ硬連な男性読者ですけどもね。あのあたりは俺はあーんま興味ないからなぁ。
 んで、そういっているどっ硬連な男の読者が、女の読者の人を 「あいつらは何でもかんでも惚れたはれただ!」 とか文句言っていたりして、その図式はちょい間抜け。
*--------------------------*
 みたいな話。

 で。
 このテの話に対して、すごく反発されるケース (この場合、「いや、そういう傾向分析は違っていると思うよ」 という “反論” ではなく、「性差でそれを語ることはおかしい」 という “反発”)というのがままあるのですが。
 僕の経験上、そういう反発をする人は何故かたいてい、男です。
 よく、ネット絡みで使われる用語で、フェミファシズム、みたいな言葉があったり、またかつて田嶋陽子先生がタレント活動で喧伝されたおかげもあって、このテの話題に拒絶反応を示すのは女の方だ、と思われているかもしれませんが、僕の実感としては逆なのですね。
 まぁ僕の場合、女の人との対話自体少ないので、統計データとしてはあまりといえばあまりに不安なのですけどもね!

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